活動報告

甑島(こしきじま)からの便り(第52便):次男の結婚式

2026年(令和8年)3月17日(火)

次男の結婚式

3月14日(土)、横浜のホテルで次男の結婚式・披露宴が執り行われました。雲一つない真っ青な晴天の下で多くの友人、親戚に祝って頂き親として大変うれしく思いました。3人の子供達も結婚しこれで親としての大きな役目も終えたような気がしてほっとしています。
披露宴の最後は、おきまりで新郎の父として挨拶しなければなりません。そのなかで息子が3歳になったばかりの頃のエピソードを話させていただきました。我が家の近所にプロカメラマンでお酒の好きな佐々木さんというおじさんが住んでいました。家族ぐるみの付き合いで我が家の3人の子ども達を自分の孫のように大変かわいがっていただきました。次男の結婚式にはぜひ出たいと常にいってましたが、数年前に天に召されて叶いませんでした。そのことにふれたエピソードです。

~略~。貴史の小さな頃の話を少しさせて頂きます。我が家の近所に佐々木さんというプロカメラマンの方が住んでおられ、我が家の三人の子供達を自分の孫のように大変かわいがっていただいていました。貴史が3歳をすぎたばかりでまだ片言しかしゃべれない頃のことです。妻の運転する車に乗り近所の踏切で停車していたとき、反対車線を佐々木さんの運転する車が警報器が鳴る間際に踏切に入り途中で警報器が鳴り出したそうです。それを見た貴史は「カンカン鳴るとき踏切に入ったらだめだよね」と車の中でずっと言っていたそうです。その後買い物から自宅に戻った後、妻の知らない間に50メートルほどは慣れた佐々木さんの家に一人で歩いて行き、3歳の子どもが60歳過ぎのおじさんに対して片言の言葉と身振り手振りを交え警報器がなったら踏切に入ったらいけないよと説教したそうです。佐々木さんは我が家に来て酒を飲むといつもこの話をして貴史の結婚式ではこの話をするからなというのがいつものパターンでした。佐々木さんは恐らく今日も空の上で昼間から酒を飲んで神様に叱られており、この場でお話できないので代わりに私が紹介させて頂きました。貴史はこのように小さな頃から穏やかではありますが、自分の意思をしっかり持つ子どもでした。~略~。

私は厚木基地が近かったことから神奈川県海老名市に自宅を構え妻と共に3人の子どもを育てました。海老名市を見下ろす高台の住宅地で家の前には林があり大変環境の良いところで子供達はのびのび育ちました。披露宴で挨拶しながらこの頃の思い出が蘇り感慨もひとしおでした。

これからは子供達が幸せな家庭を築いてくれることを祈るばかりです。(了)